私は生粋のどさん子です。
中学生まで洞爺村(現在は洞爺町)で過ごし、高校は室蘭にある鉄鋼会社が
作った全寮制の学校に入学しました。
就職は卒業と同時にその会社に入社することになっているため就職活動の
経験がありません。
鉄鋼会社では電気設備の保守点検を2年程行い、その後医療用加速器
(サイクロトロン)の開発に8年程携わりました。
この時の家族構成は妻、子供3人の計5人でした。
その他に私の母親が洞爺村で一人暮らしをしていました。現在は89歳に
なります。
32歳の時、一身上の都合により鉄鋼会社を退職し、特定労働者派遣会社
に入社と同時に東海村に転居しました。
東海村には約10年程住みました。この間私の母親は2年に一度はフェリ
ーで茨城に来る元気な人でした。
平成5年に特定労働者派遣会社を退職すると同時に有限会社インターフェ
ースを設立しました。
この頃からバーちゃんは元気に暮らしているだろうか。知る方法はないだ
ろうかと思うようになり、自分の持っている制御技術を安否確認に応用で
きないかと考え始めました。
最初は親機と子機間通信に特定小電力電波を使い、親機に組み込まれた
モデムにより電話回線でデータを送るシステムを開発しましたが、ソフト
が完成できなく途中で止めました。
その後夢はもう一度で再チャレンジし、PRMS01型親機システムが完成
しました。
平成21年12月にバーちゃんの家に設置され安否確認装置は、ひたちなか
市に住む私のパソコン・携帯に毎日確認情報を送って来ます。
電話をしなくても元気に暮らしていることが分るため安心です。
また、居ることを確認して電話ができます。
安否確認通報装置を作ろうと思った動機。
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